ついに佳境へ。巻末の読書ガイドはとてもありがたい。
(2008-08-24)
ついに、この第三巻で父親フョードル殺しが出てくる。章立ては「アリョーシャ」「ミーシャ」「予審」となっているが、予審の章はミーシャが主役だから、この第三巻は殆どミーシャを中心とした話であると言ってよいだろう。
グルーシェニカの愛を確信できた途端に、父親殺しの疑いをかけられたミーシャ。金銭については性格破綻者と言ってよい彼の行動・発言はなぜか心に響く。憎めないキャラクターである。
話は変わるが、当時のロシアの風俗や習慣のわからない読者にとって、大きな助けとなるのが巻末の読書ガイドである。翻訳の現代語化もさることながら、これまでの翻訳と大きく異なるのはこの点かもしれない。訳者が読者にずっと寄り添って、この長編の読破を助けてくれる。
大審問官を現代日本で読み解くメモ【つづき】“一つの罪に対して、罰は二種類ある”
(2008-01-26)
つまり地上の罰(社会的罰)と、天上の罰(内面への罰)だ。ゾシマは、神のみが“良心の呵責”を認識でき、科学では無理という。例えば光市母子殺害事件
後、犯人の手紙が、証拠として公開された。
「選ばれし人間は…私を裁けるものはこの世におらず」
これら供述は『罪と罰』『ドラえもん』の丸写しだが、夢は小説家らしい。
一方で精神医学では、良心が欠落した異常者“サイコパス”の存在を唱える。どちらが正しいのか、科学は、人の内面をも暴けるのか?
■大審問官は居直る『自由は、三次元の人間にとって荷が重すぎる』
民衆の「闘争・貧困」解決策は、取引しかないと。たしかに我々は、『バックトゥザフューチャー』の様に四次元的に行動できない。日本は今、スピリチュアルブームだが、占い師が、詐欺師かどうかも神秘だ。
自由を苦痛に感じる弱者は、現代日本にも確実に存在する。例えば刑務所を出所した老人が、わざと万引きをくり返し、囚人に戻りたがるというニュースを聞く。
■「不死がなければ善もない」《一巻182p》
コレは、魂の不滅がないなら因果応報が機能しない、ことか。
つまり現世で無実の青年力士が、(ビール瓶で撲殺される様ないわれなき現世の罰が)来世で報われないならば、善悪は無意味だ。
司法の補償も怪しいものだ。時津風部屋で07年6月26日に撲殺がおき、立件されたのは約3ヵ月後。それもそのはず警察は、診断書を書換え妥当な検視も怠った。「耳は裂けアザ・火傷だらけの死体」は「心不全」と診断された。我々が欲する「くもりなきメガネ」は、科学がもたらすのか?それとも、神が与えた自由には、善悪の審判は含まれないのか?
戦後日本は国民宗教を失った。法律を補完する社会規範を失った以上、地上の罰に頼らざるを得ない。それが現代日本の現状だ。ゾシマが誇る様な“教会”を持たない日本における死刑制度は…
あかん、やっぱりおもんない。退屈。
(2008-01-13)
高校時代の同級生が昔、「『カラマーゾフ』なんか、最後の方は早く続きが読みたくて仕方なくなった」と言ってたし、ある女流作家(金城ひとみだったかな?)も、「1〜2巻は数ヶ月、3巻以降は数日で読めた」みたいなことを書いていたもんだから、1〜2巻で相当退屈したにも関わらず、半ば意地で、でも少し期待しながら、3巻も数ヶ月かけ、とぎれとぎれでやっと読了した。
正直な感想=愛読者の皆さん、『カラマーゾフ』ってどこがそんなにいいの?
ミーチャの大時代的で、芝居じみた長ったらしい台詞なんてシラケッパナシ。単に女と酒に溺れやすい激情型人間にしか見えない。父親殺しというモチーフも現代の日本では極々日常的に報道されているし、別に新鮮味もないしなあ。3巻ではアリョーシャやイワンは全く登場せず、ミーチャの一人舞台だが、私にとってはあまり興味深いキャラではない。カラマーゾフも『罪と罰』位の長さ(文庫2巻)で、丁度良い話ではなかろうか。どう考えても、物語としてはダラダラし過ぎた失敗作だと思う。
4〜5巻どうしようかなあ。こうなりゃ、意地でも読むしかないか。
ミーチャ
(2007-10-13)
ミーチャと予審判事、検事とのモークロエ(取り調べ場所)でのやり取りが面白かった。ミーチャの「恥辱」について検事たちが理解できなかったのはやむを得ないだろう。ミーチャはグリゴーリーに対しては半殺しにしたにも関わらず、そのことは父殺しの事に比べて対して関心を持っていない。罪の意識も持っていないと思う。
召使であったとしても一人の人間であるので(しかも自分の命の恩人でもある)、もっと殴ったことに対して罪の意識を持つべきだと思った。助かったからそれでよかった、という問題ではないと思う。
読んでいると知らない間に随分進んでしまう
(2007-10-13)
じっくりと腰を据えて本を読む機会がなく、
とぎれとぎれとなりましたが、第3巻を読み終えました。
この新訳では、読み始めるとグッとのめり込んでしまい、
時間が経つのも忘れてしまうので、途中で意識して時間を見なければいけません。
以前違う文庫シリーズで読んだときは、なかなか進まないなぁと思ったものでしたが、
それとは全然違うワクワクとした気分です。
第2巻は、大審問官やロシアの修道士などの有名な箇所があって、
それなりに力を入れて読みましたが、
この第3巻は長男ドミートリーとその取り巻きの人間関係が描かれていて、
大きな事件もあったりして、本当に面白く読むことができました。
新しい訳で、ドミートリーが等身大の人間に見えてきますし、
ドミートリーの人間性も理解しやすい気がします。
面白いのは、前の2巻であれだけ大切に扱われてきた他家族3人が、
まるでドミートリーの話しの小道具のようで、
この小説におけるドミートリーの重要性がしみじみ感じられる巻だと思います。
本編は残るもう1巻。楽しみに読ませてもらいます。
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